第4弾 著者インタビューに代えて

6月10日に出版された『菜飯屋春秋』の著者魚住陽子先生にお言葉を頂戴いたしました。
この作品は魚住陽子個人誌『花眼(ホウエン)』(2006年~2011年)に連載されたものを加筆修正し、再編集した単行本になります。
先生ご自身の経験が包含されたこの作品は、優しくも切なく、しかし気づかぬうちにそっと心の錘を押し流してくれます。


菜飯屋のレシピ

『菜飯屋春秋』にはたくさんの料理が出てきますが、それは格別の御馳走でも珍しい郷土料理でも、思い出のあるお袋の味でもありません。 冒頭主人公が漠然と言うように「お惣菜の食べられる喫茶店みたいな店。ハレの御馳走は無理だけれど、定食屋よりちょっとだけ非日常的な場所」で出されるごくありふれた献立ばかりです。
 2006年、私が『花眼』にこの作品を書き始めたのは腎臓移植手術をした一年後でした。
手術後の拒絶や免疫抑制剤による副作用等に見舞われ続けた歳月と並行して書かれた『菜飯屋春秋』にはさまざまな形の病みを抱えている人や、病む人を気遣い、支えている人たちが登場します。裏切りや別れ、死や喪失や、痣に似た憎悪の記憶。そうした悲劇や不幸を秘めてやってくる客に、主人公は「海のもの、大地のもの、人の心」というつつましくも、日常的な料理を差し出すことで、作り手である自身の悲しい過去までも同時に見つめ直していきます。
 病みを抱えた人の不安と孤独、消し難い傷や慢性的な痛苦を癒したり、再生させたりする魔法のレシピは菜飯屋にはありません。
 悩み苦しむ人に差し出す混沌の一椀や、寂しさがほっこり崩れる芋料理。ある時は血の匂いを消すために口中で柔らかく爆発する大量の香草料理。それらは痛みに耐える命のぎりぎりの栄養であり、もう一度人生を組成し直すために誂えられた、とても密やかな糧なのです。
                                 2015年6月12日
                                    魚住陽子

不器用でも生きることに正直であれと改めて思い出させてくれる温かい一冊です。
魚住先生、ありがとうございました。

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