著者インタビュー 『水の出会う場所』 魚住 陽子先生

水の出会う場所

今回は9月29日出版『水の出会う場所』の著者、魚住陽子先生からお言葉を頂戴しました。
第1回朝日新人文学賞を受賞され、三度芥川賞候補となった魚住先生が、変わらぬ筆力で決してすくい取ることのできない水の模様を叙情豊かに描き出した三篇の作品集です。
通常、あとがきを書くこともなく、上梓された作品で魚住陽子のすべてを表現されてきた魚住先生ですが、改めて約20年ぶりとなる書き下ろし作品についてお言葉を頂戴いたしました。


『水の出会う場所』は私の五冊目の、ほぼ二十年ぶりの作品集です。初めての全編書き下ろしということもあり、作品が一冊の本として上梓されるまで一貫して、すべての段階に携われた充足感という点において、格別の思いがあります。
 駒草出版の代表者である井上さんからお誘いを受けた際、「二十年ぶり」という歳月の遥けさとはまた違った戸惑いもあり、なかなか決心ができずにいました。 けれど一種の怯みにも似た逡巡は、編集の佐山さんが自己紹介の際に年齢を言われた時、不思議なほど消尽したのです。
 奇しくもその齢は私が初めて芥川賞の候補となり、朝日新人文学賞を受賞し、また透析治療を開始した齢でもありました。まるで三曲一双の屏風がさっと開かれて、過ぎ去った四半世紀の時間が金色の観世水のように眼前に煌めく気がしたのです。
 思えば小説を書く時、私はいつも病みや、衰弱や不安や孤独といった暗い水底や湖面にばかり虚構の釣糸を垂らしていました。混沌とした暗闇に向き合って静かに目を凝らしていると、見えてくる不思議な影や怪しい蠢き。立ち昇ってくるけだるい香りや異界に誘うセイレーンの歌声。そういった世界から釣り上げる虚構の物語やモティーフは、釣人の胸にも親しく棲みつき、つい引き寄せずにはいられないものばかりでした。
 二十年後の作品を改めて読んでみると、同じ命の湖面であり、水底でありながら、それは擾乱の末に現れる澄んだ空の色だったり、崖と見えた淵が出会いの場所に繋がって新しい流れになっていたりする。繰り返された喪失と死の記憶は、時の浄化と変容の末、束の間の命の謳歌に変わっていく。
 時というのはほんとうに不思議なものだとしみじみ思います。釣人が幽明に垂らす糸の位置は同じはずなのに、流れ続ける水は澄みきって、ますます明るくなっていくような気がするのです。

美しい言葉を持つ方は、生きる姿勢も美しいとお会いするたびに実感させられました。 魚住先生、ありがとうございました。

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